記憶の中の品海橋
ひんかいばし、と読みます。
今はもう何処にもない、私の記憶の中だけに存在する、思い出の橋です。
私は品川の東品川というところに生まれたのですが、当時は品川には遊郭があり、海苔の養殖を中心とした漁業が盛んで、品海橋はちょうど、その旧東海道の宿場町と漁師町を繋ぐ境い目にかかった橋でした。
旧東海道は少し高台になっており、明治になってから埋め立てられた東品川は低地になっていました。
私はあと何日かすると、69歳になりますが、ちょうど今頃の季節に、私がまだ学校にも行かない幼い頃、朝早く、外に遊びに出ると、この品海橋が、薄闇の中にぼんやりと佇んでおりました。
ごく短い橋で、幅も大して広くない、そんな小さな橋の上に、霜がビッシリと降りていました。
まだ誰も歩いていないその橋の上を、初めて足跡をつけながら、嬉々として渡り、そして帰ってくるのが、幼い私の日課となりました。
小学校に上がると、朝食前の外遊びの習慣もなくなり、狭い運河も埋め立てられて、いつしか品海橋も取り壊されてしまいました。